指揮者の飯守泰次郎氏が8月15日、82歳で他界したというニュースが流れました。ご冥福をお祈りいたします。
このブログでは、単なるクラシック愛好家のぽん太の印象に残った名演について書きます。
- 東京シティフィルの定期演奏会や新国立劇場オペラで聴かせていただきました
- 学級肌で、ピアノを弾きながらの楽曲解説も素晴らしかった
- 名演第2位、チャイコフスキーの「悲愴」
- 名演第1位、ベートーヴェンの「田園」
東京シティフィルの定期演奏会や新国立劇場オペラで聴かせていただきました
ぽん太は以前に東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会によく出かけていた時期があり、その頃の常任指揮者が飯守泰次郎さんだったので、けっこういろいろな演奏を聴かせていただきました。調べてみると、氏が常任指揮者だったのは1997年から2012年までのようで、2012年4月にオーボエ奏者として有名だった宮本文昭氏がシティフィルの音楽監督に就任したの機に、自らは桂冠名誉指揮者になりました。
また2014年から2018年まで新国立劇場オペラ部門芸術監督を務めましたが、ワーグナーの楽劇を全部自分で指揮したのが印象的でした。バイロイト音楽祭に長く関わってきた飯守さん、ワーグナーを自分で振ることができてきっと嬉しかったことでしょう。
学級肌で、ピアノを弾きながらの楽曲解説も素晴らしかった
ぽん太はヴァーグナーは聴き込んでいないので、あれこれ言うことはできません。昔のシティフィル時代の印象で言うと、ゆっくりめのテンポだけど重々しすぎたり粘っこくなったりせず、重厚というよりは、壮大で悠々たる演奏だったと思います。
また学究肌というかオタク系のところがあって、2010年から翌年にかけてマルケヴィチ版のベートーヴェンの全交響曲演奏会という企画がありました。全交響曲演奏会というだけでも凄いですが、氏はその10年前には新ベーレンライター版による全交響曲演奏会を行なっている(しかも東京シティフィルと関西フィルで)と聞いてぽん太はびっくり。2つの異なる版の楽譜を使い、違いを研究し、オケと練習を積み重ねて、両者を演奏し分けるというのは、相当マニアックじゃないとできません。
それから氏が得意とするピアノを演奏しながらの楽曲解説もとても興味深く、毎回楽しみにしておりました。シティフィルの定期演奏会では、「プレトーク」と称して演奏会の前に生で行われました。聞き手が一人ついていましたが、聞き手というよりか、本人一人でやらせると際限なく話し続けてしまうので、実はお目付け役だという噂でした。新国立劇場では動画をアップする形でしたが、ぽん太のような初心者にはとても勉強になり、面白かったです。
名演第2位、チャイコフスキーの「悲愴」
ぽん太の印象に残る演奏の第2位は、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」です。第1楽章の展開部のクライマックスで、強烈な和音が大音量で響き渡ったのですが、ぽん太はちょっと調性がわからないような錯覚に陥り、不協和音のように聞こえました。やがてそれを背景にトロンボーンが強烈に鳴り響きます。次いで別の和音が大音響が奏され、またトロンボーンが鳴り響きました。
普通はここはクライマックスから再現部の第2主題へと徐々に静まっていくところで、そういう流れでさらりと演奏されるのが普通だと思うのですが、ぽん太にはまるで突然抽象絵画を見せられたように思え、衝撃を受けました。
チャイコフスキーはワーグナーの影響を強く受けているとそうで、ぽん太は「へ〜どこが?」と思ってたのですが、この部分はまさにワーグナーのようでした。ワーグナーに精通する飯守さんだからこそ、このような演奏が可能だったのかもしれません。
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第255回定期演奏会 ~チャイコフスキー交響曲全曲シリーズ第3回~
2012年1月18日) 東京オペラシティ コンサートホール
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
曲目 チャイコフスキー:交響曲第1番ト短調「冬の日の幻想」/交響曲第6番ロ短調「悲愴」
名演第1位、ベートーヴェンの「田園」
パンパカパ〜ン! 印象に残る飯守さんの演奏第1位は、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」です。上で書いたマルケヴィチ版チクルスのひとつでしたが、ゆっくりめのテンポのロマンチックな出だしで、現代風な早いテンポのクレバーな演奏とは異なるスタイルでした。
それまでぽん太は「田園」というと、田舎の人たちの生活を音楽で描いてみました、みたいな軽い曲だと思っておりました。
雷雨をオーケストラで表現しましたみたいな第4楽章は、飯守さんの演奏はかなり気合いが入っており、真剣な表情で棒を力強く振ってました。
そして第5楽章。飯守さんはゆっくりめのテンポで細かなニュアンスを入れずに第1主題を演奏し、メロディーが繰り返されるたびに少しづつ音量を上げていきました。
そこから聞こえてくるのは、嵐が過ぎて嬉しや嬉しやという村人の牧歌ではなく、人智を超えた自然の脅威に対する恐れ、それが過ぎ去ったことでの安堵というより虚脱感でした。嵐で命を落とした人もいるはずです、家屋や畑など多くのものが失われたことでしょう。廃墟のなかから一人また一人と顔をあげ、犠牲者に対して祈りを捧げ、生き残ったことを感謝するしかありません。
ぽん太の脳裏には東日本大震災の津波の被害が浮かんできて、涙が込み上げてきて止まらなくなりました。「田園」で泣いたのは生まれた初めてでした。オペラシティのP席に座っていたので、見られているようでちょっと恥ずかしかったです。
飯守さんの「田園」を聴くと、「運命」の第4楽章の勝利の凱歌がいかにも単純・軽薄に聴こえてきます。苦難の果てに哀しみと無力さを自覚する「田園」のなんと奥深いことか。
あとでyoutubeでいろいろな指揮者の演奏を聴いてみましたが、悼みや悲しみを抱えた第5楽章は見つかりませんでした。飯守さんの個人的な体験に根ざしているのかもしれないし、オペラに長く関わることで「田園」に劇的な何かを見出したのかもしれません。
ベートーヴェン交響曲全曲シリーズ第2回
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第241回定期演奏会
2010年7月15日 東京オペラシティ
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
曲目 ベートーヴェン:「エグモント」序曲/交響曲第8番ヘ長調/交響曲第6番ヘ長調「田園」