ぽん太のよりみち精神科

たんたんたぬきの精神科医ぽん太のブログです。ココログの「ぽん太のみちくさ精神科」から引っ越してまいりました。以後お見知り置きをお願いいたします。

若さゆえの好演!隼人の『女殺油地獄』三月花形歌舞伎(2024年3月南座)

 隼人くん推しのにゃん子につきあって、京都南座まで花形歌舞伎を観に行ってきました。正直あんまり期待してなかったけれど、「女殺油地獄」の隼人くんの与兵衛が素晴らしく、すっかり引き込まれて思わず涙をこぼれてきました。若さが生み出した体当たりの名演だったと思います。

南座花形歌舞伎4年目と、近松門左衛門没後300年

 新型コロナの最中の苦しい時に立ち上げた南座の花形歌舞伎も今回で4年目とのこと。ここまで回を重ねてきたのは立派です。でもけっこう空席が目立ったのがちょっと残念。京都では「東京からよう知らへん若手が来て下手な芝居しとるけど、えらい見〜しまへん」(ぽん太の想像による京都弁。違ってたらごめんなさい)という感じで、みんなで応援しようという風にはなってないようです。いつか「顔見世」に並ぶ南座歌舞伎の名物になって欲しいと思いました。

 今年は近松門左衛門没後300年ということで、「心中天網島」の「河庄」と、「女殺油地獄」が演目に入れられました。またこんかい松プログラムと梅プログラムという名前になってますが、近松の「松」と、彼の辞世の句「それぞ辞世 さるほどにさても その後に 残る桜の花し匂わば」(ぽん太訳:私が死んだ後に、残された作品が輝きを失っていないとしたら、それこそが私の辞世である)の「桜」から取ったそうです。

隼人くんの与兵衛がお見事!『女殺油地獄

 隼人くんが仁左衛門に習って『女殺油地獄』の与兵衛に挑戦しました。

 「豊島屋」が素晴らしく、お吉とのやりとりの中で、一つひとつの型をきっちり丁寧に演じたため、刻々と変化していく心理の変化が明確に伝わってきました。

 自分のためにお吉にお金を託してくれた両親に心から感謝しながらも、でもそれでは金額が足りないと一転するところ。「不義になって貸してくだされ」と狂気が初めてほとばしり出るが、ふと我に帰る具合。お春にすべてを曝け出し男が頭を下げて借金をお願いするが、またいつもの嘘だろうとあしらわれ、「こいつ殺すしかない」と決意する瞬間。与兵衛は借金を断られたからではなく、自分の正直な気持ちがお春に伝わらなかったことの絶望と怒りから、殺しを決意したのだとぽん太は感じました。

 刃を抜いてもなかなか切りかかれない与兵衛。花道で犬に吠えられて怯える様子。小心者でいいところもなくはない与兵衛が、殺人という重大犯罪へと否応なく落ちていく「悲劇」を目の当たりにし、ぽん太は涙がこぼれてきました。

 素直でいいところもあるけど道を踏み外していく与兵衛、そして彼を甘やかしてダメにしてしまう両親など、江戸時代の近松が描き出した世界は現代とまったく違いがありません。そんなところに若い隼人くんが、与兵衛の役に入り込めた理由があるのではないでしょうか。

 ただ前半の方はもうひとつで、上方風の柔らかさ、可愛らしさが出ていませんでした。

 隼人くんはイケメンでスタイルもよく、演技も変な癖がなくって、教わったことを一生懸命演じているのがいいです。先日も仁左衛門に習って「切られ与三」を演じてましたね。仁左衛門のあとを継ぐのは隼人くんしかいないとぽん太は思っており、大いに期待しております。

和事の柔らかみが足りない「河庄」

 「河庄」は近松門左衛門の心中物『心中天網島』の一部ですが、「愛想づかし」と呼ばれるパターンで、本当は愛し合ってながら、女性が男性のことを深く思いやって偽りの愛想づかしをするのですが、事情を知らない男性は女性を恨みます。「河庄」では、紙屋治兵衛の妻おさんの手紙を読んだ芸者小春が、自分が身を引いて自殺する決意をし、治兵衛に偽りの愛想づかしをします。

 重々しい場面なのですが、事情を何も知らない治兵衛とその兄の孫右衛門が、漫才みたいな滑稽なやりとりを繰り広げます。孫右衛門が治兵衛に「座れ、座れ、座れ、座れ」と連呼するところでは、乳首ドリルのように「座んのか〜い」というオチになるのかとぽん太は思いました。以前にどこかのインタビューで、市川染五郎吉本新喜劇が好きで、特にすっちーがお気に入りと言ってたような気がするのですが、ぜひいつか与兵衛を演じてほしいです。

 ただやっぱり東京育ちの隼人くんと右近では、柔らかさとリズム感が足りません。アイドル歌手が真似した上方漫才みたいになってました。やっぱり関西育ちじゃないと和事の柔らかさは難しいようで、大阪出身の吉太朗が演じた丁稚三五郎が、上方風の間や明るさが素晴らしく、とっても面白かったです。

 二人の滑稽なやりとりの間、ずっと悲しみをたたえてうつむいている壱太郎の演技が素晴らしく、その対比が悲しみを際立たせました。

常磐津の大曲に乗せた舞踊劇「将門」

 常磐津の名曲にのせた「将門」は、松プログラムと桜プログラムの両方に入っています。どちらも滝夜叉姫は壱太郎ですが、光圀は松プログラムは隼人、桜プログラムは右近でした。

 またプログラムによってエンディングが変えてあり、松プログラムでは大屋根の上から滝夜叉姫が錦の御旗を投げ広げて幕となりますが、桜プログラムではすっぽんに消えたガマガエルが滝夜叉姫の姿に戻って終わります。 

 踊りは隼人くんより右近の方が柔らかくて上手だったかな。壱太郎初役の滝夜叉姫は見事。

 それから常磐津のタテの方がとても上手でした。きれいな高音だったので若い人が歌っているのかと思ったらタテの方で、高齢なのに素晴らしい喉でした。お名前はわかりませんでした。松竹様、ぜひ唄方や鳴物の名前を、筋書きだけでなくwebでも公開して欲しいです。

 こんかい泊まったホテルの近くを散策していたら、膏薬辻子(こうやくのずし)という名の、古い家並みが残る細い路地を見つけました。 

 案内板です。おわかりいただけただろうか。

 ここはかつて踊念仏で有名な空也上人の道場があり、その一角には平将門の霊を鎮めるための首塚があったそうです(現在の神田神宮)。すごい偶然です。これも何かの因縁でしょうか。

 またこの場所は、大河ドラマ「光る君へ」で町田啓太が演じる藤原公任の屋敷があった場所でもあるそうです。

撮影タイムもあって楽しい〈乍憚手引き口上〉

 両プログラムの冒頭に口上があり、ご挨拶と簡単な演目の解説をしてくれます。ぽん太のときは、それぞれ隼人くんと右近さんでした。

 また撮影タイムもあり、南座のマスコットキャラの「みなみーな」ともども写真を撮ることができます。

 ただ隼人くんが「筋書」と言ってたけど、関西では「番付」です。またお二人とも、将門の話は「源平合戦」とは関係ないと思うぞ。

公演情報

「三月花形歌舞伎」

南座
2024年3月
公式サイト:三月花形歌舞伎|南座|歌舞伎美人

松プログラム   

〈乍憚手引き口上〉(はばかりながらてびきこうじょう)

   近松門左衛門歿後三百年
   近松門左衛門 原作 近松半二 改作
   中村鴈治郎 指導
   心中天網島
一、玩辞楼十二曲の内 河庄(かわしょう)
   紙屋治兵衛  尾上右近
   粉屋孫右衛門  隼人
   丁稚三五郎  吉太朗
   河内屋お庄  菊三呂
   紀の国屋小春    壱太郎

二、忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)
  将門

傾城如月実は滝夜叉姫 壱太郎
大宅太郎光圀  隼人

桜プログラム   

〈乍憚手引き口上〉(はばかりながらてびきこうじょう)

   近松門左衛門歿後三百年
   近松門左衛門
   片岡仁左衛門 監修
一、女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)
   河内屋与兵衛 隼人 
   七左衛門女房お吉 壱太郎 
   豊嶋屋七左衛門 尾上右近
   小栗八弥 吉太朗 
   妹おかち 千太郎 
   芸者小菊 千壽 
   兄太兵衛 千次郎 
   掛取庄造 寿治郎 
   叔父山本森右衛門 松之助 
   父河内屋徳兵衛 橘三郎 
   母おさわ  吉弥

二、忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)
  将門
   傾城如月実は滝夜叉姫 壱太郎
   大宅太郎光圀  尾上右近