ぽん太のよりみち精神科

たんたんたぬきの精神科医ぽん太のブログです。ココログの「ぽん太のみちくさ精神科」から引っ越してまいりました。以後お見知り置きをお願いいたします。

文楽「国性爺合戦」2023年2月国立劇場・海外を舞台にした近松門左衛門の傑作

 令和5年2月の国立劇場文楽は、近松門左衛門の3本立て。ぽん太は第二部の「国性爺合戦」(こくせんやかっせん)を選びました。
 この演目は以前に歌舞伎で見たことがあるはずですが、ま・っ・た・く覚えてません。寝倒していたのか、セリフが聞き取れなかったのか。でも文楽では字幕が出るので、セリフは理解できそうです。

 全体のあらすじや登場人物を知りたい方は、国性爺合戦 - Wikipediaをご覧ください。

 最初は千里が竹虎狩の段。歌舞伎の時はなかったので、初めて見る段です。主人公である超人的な和藤内とその母が、中国で竹林に迷い込むのですが、そこに虎が現れます。背景の陰からぬっと顔を出すのですが、なんと人形遣いさんが入った着ぐるみで、コワカワイイです。ツボにはまったのか、げらげら笑っているお客さんもいました。
 人間は人形なのに、虎が人間が入った着ぐるみというのはなんか不思議で、しばらく脳が混乱しました。
 おまけに虎が悪ノリして、舞台全面の枠から身を乗り出してお客さんに襲い掛かろうとしたり、床に行って義太夫さんにちょっかいを出し、扇子で頭を叩かれたり。
 いや〜面白かったです。

 残り二つの段は歌舞伎で見ました。楼門の段は動きが少なく、延々と会話が続くので、こんかいも何回か意識消失してしまいました。

 甘輝館の段は、近松門左衛門の真骨頂。甘輝は和藤内の味方をしたいと考えますが、「韃靼の王に忠誠を誓いながら、妻の縁で裏切ったと思われては義が立たず、唐の恥となる」と、味方になる条件として妻・錦祥女を殺そうとします。錦祥女自身も命を捧げることを望みます。しかし和藤内の母は、義理の娘である錦祥女の死を許したとあっては、血が繋がっていないから見殺しにしたと誹りをうけ、日本の恥となる」と錦祥女を守ろうとします。後ろ手に縛られているため、錦祥女の服に噛みついて引き離し、甘輝の服に噛みついては太刀を振るわせまいとする姿は、その凄まじさに涙を誘います。
 けっきょく錦祥女はこっそり自害し、それによって甘輝と和藤内の同盟が成立。母も、錦祥女を死なせた誹りを受けぬため、後を追います。

 ぽん太の斜め前に数人の外人さんのグループがおりました。手前の女性の顔しか見えませんでしたが、涙こそ流してませんでしたが、真剣な表情で舞台を見てました。寝てなくてよかったです。

 つい先日見たワーグナーのオペラ「タンホイザー」でも、タンホイザーを救うべくエリーザベトが命を捧げました。しかしエリーザベトは自害したのではなく、神に召されました。またその目的は「義」ではなくて、タンホイザーの魂の救済でした。一方「国性爺合戦」では、男性が「義」を立てるために身動きが取れなくなっている状況を、女性が犠牲になることで解決するというパターンであり、日本と西洋の違いを感じました。

 錣太夫が甘輝館の段で登場人物の心情を語り上げ、織大夫がラストを大声量で勇ましく締めました。
 一官妻を遣った吉田和生が見事。後ろ手に縛られているため右手は遣わないので、袴のポケットのような切れ目にずっと手を入れていたのが興味深かったです。また最後に自害してついに息絶えたところで、人形を残して舞台から去っていったのですが、「ああ、人形遣いさんは人形の魂なんだな」と思いました。
 吉田玉志は、ちょっとコロナの尾身茂を思わせる物静かな人だが、風格ある甘輝を遣っておりました。

 しかし、日本人が中国に渡って武将となり軍を率いて戦うって、いったいどうゆう発想? ずいぶんぶっ飛んでいるんじゃないかと思い、帰ってから調べると、モデルとなる実在の人物がいたんですね(鄭成功 - Wikipedia)。ぽん太はこの歳になるまでまったく知りませんでした。
 鄭成功(ていせいこう)は1624年に長崎の平戸で生まれ、1662年に死去。中国人の父と日本人の母の間に生まれ、中国に渡り、清に滅ぼされようとしていた明を応援して抵抗運動を繰り広げたんだそうです。父は日本に渡った中国人で、母が日本人というのも文楽通り。明の隆武帝から明の国姓である「朱」を賜ったことから国姓爺(「性」ではなく「姓」です)と呼ばれたそうです。ふ〜ん、こんなすごい人がいたなんて全く知りませんでした。

 「国性爺合戦」の初演は1715年ですから、半世紀以上前の出来事だったことになりますね。近松門左衛門が生まれたのは1653年ですから、子供の頃に、晩年の鄭成功の生の活躍を耳にして、心を躍らせていたかもしれません。
 音楽には中国の京劇などで使われるシャンシャン鳴る楽器が用いられ、日本にはいない虎が出てきたり、中国風の衣装や建物など、鎖国中でテレビやインターネットもなければ海外旅行もありえない時代の日本の庶民にとって、目を見張るようなスペクタルだったでしょうね。

 

令和5年2月文楽公演
近松名作集

公式サイト:令和5年2月文楽公演

第二部

国性爺合戦 (こくせんやかっせん)  

千里が竹虎狩りの段
  口・竹本碩太夫、鶴澤燕二郎
  奥・竹本三輪太夫、鶴澤清友
  ツレ・野澤錦吾、鶴澤清方
楼門の段
  前・竹本小住太夫、鶴澤清馗
  後・豊竹呂勢太夫鶴澤清治
甘輝館の段
  切・竹本錣太夫、竹澤宗助
紅流しより獅子が城の段
  竹本織大夫・鶴澤藤蔵

[人形役割]
  和藤内・吉田玉佳
  鄭芝龍老一官・吉田文司
  一官妻・吉田和生
  安大人・吉田玉翔
  錦祥女・吉田簑二郎
  五常軍甘輝・吉田玉志