シュツットガルト・バレエ団の2024年来日公演、前回の『オネーギン』に続いて今回は『椿姫』を観に行きました。とても素晴らしい舞台で、ぽん太は心底から感動しました!
クランコ振付の『オネーギン』が古典を踏襲した美しさなら、ノイマイヤーの『椿姫』は斬新でドラマチック。細部に至るまでアイディアが散りばめられた、洗練された舞台でした。
悲劇的な結末の幕が降りたあと、少し間をおいて観客席から拍手が湧き起こりました。舞台では、物語の中では再会を果たせなかったバデネスとフォーゲルが、役に入ったままの表情で現れ、抱き合う姿に拍手喝采。次第に「ブラボー!」の声が上がり、最後は興奮冷めやらぬスタンディングオべーションとなりました。
今回の来日の最終公演ということもあり、最後はバレエ団のスタッフ達も、中には子供を連れ登場。暖かい雰囲気に包まれながら別れを惜しみ、再会を誓いました。
バデネス&フォーゲルの圧巻の演技
キャスティングは、マルグリット役がエリサ・バデネス、アルマン役はフリーデマン・フォーゲル。先日観た『オネーギン』と同じベアだったので、「またか」と一瞬思いましたが、その卓越した演技力にすっかり魅了され、彼らで観られて本当に良かったと思いました。
ノイマイヤーの振付は、感情表現が踊りだけでなく表情や仕草にも及びます。ぽん太の席は比較的前の方だったのですが、感情の機微や変化を捉えるために、オペラグラスでダンサーの表情を何度も見てしまいました。
バデネスの表情は非常に豊かで、愛らしさや悲哀感を見事に表現。ただ、高級娼婦の気高さや妖艶さには少し物足りなかったです。一方フォーゲルは、大ベテランながらも若々しく純朴なアルマンを好演。説得力のある演技でマルグリットとのドラマを鮮烈に描き出しました。
劇中劇のマノンとデ・グリュー役は、アグネス・スーとマッテオ・ミッチーニが雰囲気たっぷりに踊り、物語に幻想的な深みを加えていました。
また、アルマンの友人のガストン役はアドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァが好演。先日の『オネーギン』では純朴なレンスキーを踊りましたが、今回は社交界慣れした友人役で、全く異なる一面を見せてくれたのも興味深かったです。
ノイマイヤー版『椿姫』の魅力
『椿姫』というと、今日ではヴェルディのオペラが最も馴染みがあると思いますが、ノイマイヤー版の『椿姫』はストーリーがだいぶ異なります。物語はオークションの場面から始まり、ラストではアルマンがマルグリットの死に間に合いません。実はこのバレエ版の方が、原作小説に忠実なのです。
原作を書いたのはアレクサンドル・デュマ・フィス(父は『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』で有名なアレクサンドル・デュマ・ペール)。彼は、かつて交際していた実在の高級娼婦マリー・デュプレシをモデルにして、この小説を書き上げました。
原作小説、オペラ、バレエのストーリーの違いに関しては、こちらの椿姫 - 名作ドラマへの招待というサイトにとても詳しく書かれているので、ぜひご一読をおすすめします。もちろん原作小説を読んでみるのもいいと思います。いろいろな翻訳がありまsが、新潮文庫にリンクしておきます。
また、バレエでは劇中劇として演じられる『マノン・レスコー』も原作に書かれております。マルグリットが自らの境遇を重ね、最後までデ・グリューに見守られながら死んでいったマノンに憧れながらも、愛するアルマンをデ・グリューと同じ目に合わせまいと身を引くことを決意するのです。
ここで時系列をおさらいしておくと、アベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』が出版されたのが1731年。けっこう昔なんですね。それを踏まえたデュマ・フィスの小説『椿姫』の出版が、100年以上後の1848年。それからわずが5年後に、ヴェルディのオペラ『椿姫』が初演されました。アシュトン振付のバレエ『マルグリットとアルマン』が初演されたのは、約100年後の1963年で、ノイマイヤーの『椿姫』は1978年です。
アルマンの父親が舞台下手にずっと座ってますが、舞台上の物語は、札束で侮辱するる場面まで、オークションの日にアルマンが父に語ったことだからです。上手にもオークションに出品されていた絨毯が置かれていることで、それを象徴しています。さらにその中に、マノンが劇中劇や夢想として交錯し、全体が三重構造になっているところなど、知的で興味深いです。札束の場面から後は、ナニーヌがアルマンに渡したマルグリットの手記の内容となっているなど、観るほどに発見があります。
全編にショパンの音楽が使われているのもオシャレです。曲目については椿姫(バレエ) - Wikipediaに書かれているので、ご参照ください。
第1幕はピアノ協奏曲第2番の全曲が使われています。演奏会用の曲なのに、バレエのストーリー展開に音楽が合っていて、しかも細かい曲想の変化に登場人物の心情の変化が見事に対応しているのが素晴らしいです。ノイマイヤーは『ニジンスキー』でもショスタコーヴィチの交響曲第11番全曲を上手に使っていました。
また、アルマンの父親が息子と別れるようマルグリットに迫る恐ろしい場面で、まったく正反対の愛らしい前奏曲17番が疲れているのにもハッとさせられました。
カーテンコールには振付家ノイマイヤー本人も登場し、盛大な拍手を浴びていました。ノイマイヤーは今でこそハンブルク・バレエ団の芸術監督・振付家ですが、若かりし頃はクランコの時代のシュツットガルトバレエ団でダンサーとして踊りながら振付を発表。また『椿姫』の初演はシュツットガルトバレエ団ですから、応援に来ていたのかもしれません。
公演情報
「椿姫」
シュツットガルト・バレエ団2024年日本公演
2024年11月10日
東京文化会館大ホール
公式サイト:https://www.nbs.or.jp/stages/2024/stuttgart/ladyofthecamellias.html
振付: ジョン・ノイマイヤー
音楽: フレデリック・ショパン
装置・衣裳: ユルゲン・ローゼ
世界初演:1978年11月4日、シュツットガルト・バレエ団
マルグリット・ゴーティエ:エリサ・バデネス
アルマン・デュヴァル:フリーデマン・フォーゲル
マノン・レスコー:アグネス・スー
デ・グリュー:マッテオ・ミッチーニ
プリュダンス:マッケンジー・ブラウン
ガストン・リュー:アドナイ・ソアレス・ダ・シルヴァ
オランプ:ディアナ・イオネスク
ムッシュー・デュヴァル:ジェイソン・レイリー
伯爵N:ヘンリック・エリクソン
公爵:マッテオ・クロッカード=ヴィラ
ナニーヌ(マルグリットの侍女):ソニア・サンティアゴ
ピアノ:アラステア・バヌマン
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
指揮:ミハイル・アグレスト
グランドピアノ:アレクサンダー・ライテンバッハ(第1幕)
小林知恵(第2幕)
アンドレイ・ユソフ(第3幕)