先日、新国立劇場で上演されたオペラ「夢遊病の女」を観に行ってきました。
この舞台はとても素晴らしく、ほかの観客も同じように感じたようで、アリアごとの拍手や最後のカーテンコールは大変な盛り上がりでした。
初めて聴いた「夢遊病の女」
ベリーニ作曲の「夢遊病の女」は、ぽん太にとって初めての鑑賞体験でした。この作品はベルカント・オペラの代表作のひとつとして知られています。ベルカントといえば、コロラトゥーラやアジリタなど、細かく素早い装飾的な歌唱テクニックが特徴です。例えるなら、日本の演歌での「こぶし」に似たものですね。普段あまり耳にすることがないこのスタイルを聞いていると、うっとりしていい気持ちになります。ちなみにぽん太がベルカントの魅力を初めて体感したのは、新国立劇場で観たロッシーニの「チェネントラ」で、イスラムのアラベスクのような美しさに衝撃を受けたことを覚えてます。
ベリーニの音楽は、非常に優雅で気品に満ちています。極めて悲痛な場面で、プッチーニならば地獄の雄叫びみたいな音楽をつけるところも、ベリーニの音楽は長調の優美なメロディーです。また最も感動的なラストシーンであるアミーナのアリアでは、コロラトゥーラが一切使われていなかったことには驚きました。場面によってはコロラトゥーラを使わないことで、感情をより深く表現しているのだと感じました。
アミーナ役の若手歌手、クラウディア・ムスキオ
今回、アミーナ役を演じたのはクラウディア・ムスキオでした。当初予定されていたローザ・フェオラが降板し、彼女が代役を務めました。1995年生まれの彼女は、まだ29歳の若手ながら、その歌唱力も演技力も素晴らしく、清楚な容姿も役にぴったりでした。冒頭の「私にはよい日和」の澄んだ歌声や、次の「胸は踊る」での見事なコロラトゥーラに、ぽん太はすっかり魅了されました。彼女はテクニックをひけらかすことなく、アミーナというキャラクターの感情をしっかりと表現していました。
また、エルヴィーノ役は還暦を迎えるおっさんのシラグーザが軽やかな声でアミーナを支え、若いムスキオを引き立てていました。
バルバラ・リュックの演出の独自性
演出はバルバラ・リュックが手掛けました。「夢遊病の女」は、19世紀初めのスイスの山村を舞台にした牧歌的なオペラのはずですが、今回の舞台は切り株の残った森林で、全体的に暗く、陰鬱な雰囲気が漂っていました。中央の大木には不気味な人形がぶら下がっていて、観ているだけで不安な気分にさせられました。
さらに10人ほどのコンテンポラリー・ダンサーが登場し、アミーナに絡みながら、彼女の心象風景を表現していました(2024/2025シーズンオペラ開幕公演『夢遊病の女』 振付家イラッツェ・アンサ&イガール・バコヴィッチからのメッセージ)。この演出には賛否があるようですが、バレエ好きでもあるぽん太としては振り付けも踊りも質が高く、とても面白く感じました。これまで新国立オペラの中に出てくるバレエの振り付けはいまいちなものが多く、特にヴァグナーの「タンホイザー」は何だこりゃ!というしろものでした。
今回の振り付けはスペインの振付家イラッツェ・アンサとイガール・バコヴィッチ。安藤菜々華さんをはじめとするはじめダンサーたちは、不案内なぽん太はどういう方々なのかよくわかりませんが、素晴らしいパフォーマンスに賛辞を送りたいと思います。
元々このオペラは、1827年にパリで初演されたバレエ・パントマイムが元になっているため、ダンスはオリジナルへのオマージュと言えるかもしれませんね。
リュックの演出意図に関しては、下にリンクしたjapan postのインタビューが参考になります。
リュックは、夢遊病や心理学について調べた上で、アミーナのストレスや不安が夢遊病の原因であると解釈しています。男性優位の因習的な村のなかで孤児として育ち、嫉妬深い男性と結婚しようとしているアミーナの心情が、暗く不安定な舞台装置や無表情な村人たちに反映されているのです。ラストシーンでアミーナが最後まで水車小屋の上にいて、婚約者や村人たちがいる地面に降りてこないのは、この結婚がハッピーエンドで終わらず、その後も問題が待ち受けていることを示唆しているかのようでした。
全体として、新国立劇場の「夢遊病の女」は、素晴らしいキャストとユニークな演出によって、非常に印象的な体験となりました。ベルカント・オペラを初めて観る方にもぜひお勧めしたい作品です。
公演情報
ヴィンチェンツォ・ベッリーニ
「夢遊病の女」
【指 揮】マウリツィオ・ベニーニ
【演 出】バルバラ・リュック
【美 術】クリストフ・ヘッツァー
【衣 裳】クララ・ペルッフォ
【照 明】ウルス・シェーネバウム
【振 付】イラッツェ・アンサ、イガール・バコヴィッチ
【演出補】アンナ・ポンセ
【舞台監督】髙橋尚史
【ロドルフォ伯爵】妻屋秀和
【テレーザ】谷口睦美
【アミーナ】クラウディア・ムスキオ
【エルヴィーノ】アントニーノ・シラグーザ
【リーザ】伊藤 晴
【アレッシオ】近藤 圭
【公証人】渡辺正親
【ダンス】安藤菜々華 伊藤舞 辻しえる冨岡瑞希 矢野友実 池上たっくん 市場俊生 髙橋慈生 遠井公輝 渡部義紀
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
共同制作:テアトロ・レアル、リセウ大劇場、パレルモ・マッシモ劇場