ぽん太のよりみち精神科

たんたんたぬきの精神科医ぽん太のブログです。ココログの「ぽん太のみちくさ精神科」から引っ越してまいりました。以後お見知り置きをお願いいたします。

菅井円加が踊るノイマイヤーの「シルヴィア」ハンブルク・バレエ団2023年3月12日

 ノイマイヤーが率いるハンブルク・バレエ団の来日公演、最終日の3月12日に「シルヴィア」を観てまいりました。
 振り付けは素晴らしいし、菅井円加の踊りも見事だし、ノイマイヤーは来年で芸術監督退任が決まっているし、来日公演最終日だし、なんだかいろいろ重なってよくわからないくらい感動しました。
 ノイマイヤーも団員たちも、今後はそれぞれ次のキャリアへ進んでいくのだと思いますが、ひとつの時代が終わったという感慨がありました。

ノイマイヤー以前の「シルヴィア」のおさらい

 ぽん太はノイマイヤー版の「シルヴィア」を観るのは初めてでした。それを語る前に、で伝統的な「シルヴィア」のおさらいをしておきましょう(シルヴィア (バレエ) - Wikipedia)。

 「シルヴィア」は1876年にパリ・オペラ座で初演されたバレエで、振付はルイ・メラント、作曲家はレオ・ドリーブです。ドリーブは「コッペリア」も作曲してますね。魅力的な音楽です。ちなみに原作はタッソの『アミンタ』です。

 『アミンタ』のあらすじは、ぽん太は以前のブログに書いたことがあります。

 初演時の台本を知りたい方は、下記の『十九世紀のフランス・バレエの台本』に書かれております。

 現在知られているのは、1952年にアシュトンが振り付けたバージョンですね。こちらのあらすじは、シルヴィア (バレエ)|あらすじ - Wikipediaに出てます。

ノイマイヤー版の「シルヴィア」

 ノイマイヤー版の初演は1997年。初演と同じく会場はパリ・オペラ座で、パリ・オペラ座バレエ団によって踊られました。

 で、「シルヴィア」をノイマイヤーがどのように料理したかということになるのですが、観客が「シルヴィア」を知っていると仮定して、ストーリーを追うのを止め、3つの場面だけを取り上げて作品を構成してくれました。

 第1部は、ディアナ率いる狩りガール軍団が勇ましく踊ります。アマゾネスというか、男子禁制の女子寮の雰囲気。ワグナーの「ワルキューレ」っぽさもありますな。音楽も似てますが、「ワルキューレ」初演は1870年ですから、こっちの方が「シルヴィア」より前ですね。一方で、森を表すダンサーの美しい踊り。ここで小さな羽を背負った男性が登場。天使の羽のセイバンのランドセル? どうやらアムール(エロス)らしい。お転婆娘のシルヴィアを羊飼いのアミンタが見初め、シルヴィアも憎からず思うけど、ディアナに叱られてきっぱり拒絶。ところがディアナ自身がアミンタが脱ぎ捨てたシャツの匂いを嗅ぐと、突如フレーメン反応を起こし急に色っぽくなって、眠らせたエンディミオンとパ・ド・ドゥを踊ります。

 第2部はうって変わって、シルヴィアちゃんホストクラブ初デビューみたいな感じ。ドレスアップしたシルヴィアが、タキシード姿のイケメン男性に囲まれて、愛の手ほどきを受けるくだりとなります。イケメン軍団がスタイリッシュでかっこいいです。

 第3部はまたまたうって変わって、ノスタルジックなスーツを着たシルヴィアがトランクを下げて、子供時代を過ごした懐かしの森に帰郷。NHKの「朝ドラ」の雰囲気です。シルヴィアちゃんを思い続けていたアミンタは、森で自然保護運動を続けていたらしく、「森を守ろう」のプラカードを持って登場。これは逆「木綿のハンカチーフ」か? 二人はとても美しいパ・ド・ドゥを踊りますが、結ばれることはありません。実はシルヴィアはすでに他の紳士の奥様となってたのです。このあたり「オネーギン」が入ってますね。アミンタは環境保護活動に戻り、それらを見届けたディアナも心を動かされますが、自分が育てた狩りガールたちに囲まれて、「私はいったい何をしてたの?」。

 なんか切ない終わり方ですね。あゝ、還暦過ぎたぽん太も胸が痛みます。いや、心臓病の症状でしょうか? 

 振付は、小難しいコンテンポラリーではなく、古典的な動きを基本としながらノイマイヤー独特の動きが入っていて、とても楽しめました。また第一部で、開演時間前でまだオケが練習しているあいだに、幕の手前でダンスが始まるアイディアも面白かったです。

3つの場面に整合性がないのは歌舞伎の影響か

 第1部は森の中の神話的で、ちょっと絵本的な世界。第2部は現代的でスタイリッシュなショーダンス。第3部は最後は懐かしの帰郷で初恋の相手に会うという話。3つの場面に整合性がないというか、断絶した印象がありますが、ぽん太は歌舞伎の影響があるような気がしました。ノイマイヤーが日本好きであることはよく知られてますね。
 歌舞伎では、たとえば第一幕は鎌倉時代武家の話しで古典的様式で演じられたのに、二幕になると同じ登場人物が江戸時代の庶民になっていて、現代劇(歌舞伎ですから現代といっても江戸時代ですけど)になってたりします。そして別の幕は、演劇ではなく舞踊だったりと、異質なものによって一つの演目が構成されます。おそらくは色々な演劇の様式を見せることで、お客さんを飽きさせず楽しませる工夫だったのでしょう。

 冒頭で客席通路からディアナが登場したり、二階席から狩りガールが矢を放ったりするところも、花道があって舞台と客席を一体化する歌舞伎からヒントを得ている気がしました。ぽん太は1階前方の通路横の席だったので、横をディアナのアンナ・ラウデールが走り抜けていきましたが、ちょっといい匂いがしました。

シルヴィアの菅井円加が素晴らしい

 シルヴィアを踊ったのは菅井円加。以前に(2012年ですかね)ローザンヌ国際バレエコンクールで1位入賞したときの素晴らしいコンテンポラリーが記憶に残ってます。

 その後どうしていたのかぽん太は知りませんでしたが、ハンブルク・バレエ団に入って2017年には日本人初のプリンシパルになってたんですね。
 なんかお顔が「3時のヒロイン」の福田麻貴に似ている気がします。

 表現力があって見事な踊りでした。なんか第一幕のニンフの動きが時々空手や忍者に見えてしまうのは、日本人の身体性なのか、文化的なものなのか。この調子でキャリアを積んで、野球の大谷みたいに世界的にダンサーに成長して欲しいです。

 ディアナのアンナ・ラウデールとエンディミオンのヤコポ・ベルーシ、こちらは長身の大人のカップルという感じで素敵でした。クリストファー・エヴァンズは、ちょっとコミカルなアムールと、イケメンのティルシス/オリオンを踊り分けました。アレクサンドル・トルーシュも純朴な青年アミンタを踊ってくれました。勇ましい狩ガールたちや、森の清々しく優雅な踊り、カッコいいイケメン軍団もよかったです。

 美術は、第一部のちょっとポップで絵本のような森、第二部のギリシャ彫刻風のオブジェが中央に置かれたスタイリッシュな空間など、なかなかのものでした。最初の撃った弓矢が的に刺さる仕掛けはどうなってるんでしょう?

 マルクス・レーティネン指揮。オケは東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団で、コロナ禍を経て数年ぶりなんで、なんか懐かしいですね。ホルンが頑張ってましたが、うまい人を借りてきたのかしら。ドリーブの音楽も、あまり真剣に聞いたことがなかったですが、なかなかいい曲ですね。

公演データ

ハンブルク・バレエ団2023年日本公演
「シルヴィア」 2023年3月12日

公式サイト:シルヴィア/ハンブルク・バレエ団/NBS日本舞台芸術振興会

会場:東京文化会館

音楽:レオ・ドリーブ
振付・ステージング:ジョン・ノイマイヤー
装置・衣裳:ヤニス・ココス
指揮:マルクス・レーティネン
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

シルヴィア: 菅井円加
アミンタ: アレクサンドル・トルーシュ
ディアナ: アンナ・ラウデール
アムール/ティルシス/オリオン: クリストファー・エヴァンズ
エンディミオン: ヤコポ・ベルーシ

第1部 弓の技術
女狩人たち: ヴィクトリア・ボダール、 ヤイツァ・コル、 パトリシア・フリッツァ、エミリー・マゾン、ヘイリー・ペイジ、パク・ユンス、マドレーヌ・スキペン、 イダ・ シュテンペルマン、プリシラ・ツュリコヴァ
森: オリヴィア・ベタリッジ、ジョルジャ・ジャニ、 グレタ・ヨーゲンズ、シャーロット・ラーゼラー、スー・リン、 エルミーヌ・スゥトラ・フルカド、アナ・トレケブラーダ ボリヤ・ベルムデス、アレッサンドロ・フローラ、 マリア・フーゲット、マティアス・オベルリン、パブロ・ポロ、 エミリアノ・トーレス、ワン・リーゾン
羊飼いたち: フランチェスコ・コルテーゼ、ニコラス・グラスマン、 ルイス・ハスラフ、アルテム・プロコプチェク、 トーベン・セギン、エリオット・ウォレル、 イリア・ザクレフスキー

第2部 感覚の世界
シルヴィア、アミンタ、アムール/オリオン、ディアナ
客人: パトリシア・フリッツァ、スー・リン、パク・ユンス マティアス・オベルリン、フェリックス・パケ、 フロリアン・ポール、ダヴィッド・ロドリゲス オリヴィア・ベタリッジ、ヤイツァ・コル、ジョルジャ・ジャニ、 エミリー・マゾン ボリヤ・ベルムデス、アレッサンドロ・フローラ、 エミリアノ・トーレス、リカルド・ウルビーナ ヴィクトリア・ボダール、フランチェスカ・ハーヴィー、 グレタ・ヨーゲンズ、ヘイリー・ペイジ、 パトリシア・ツュリコヴァ ラセ・カバイエロ、ニコラス・グラスマン、ルイス・ハスラフ、 パブロ・ポロ、エリオット・ウォレル

第3部 冬の太陽
アミンタ、森、シルヴィア、ディアナ、アムール、エンディミオン、女狩人たち
男性: エリオット・ウォレル