ぽん太のよりみち精神科

たんたんたぬきの精神科医ぽん太のブログです。ココログの「ぽん太のみちくさ精神科」から引っ越してまいりました。以後お見知り置きをお願いいたします。

普段は拝観できない仏像がいっぱい・特別展「足柄の仏像」神奈川県立歴史博物館

 足柄とは神奈川県西部・湘南の地域を指すそうで、大雑把に言うと、神奈川県のうち小田原より西の地域です。

 この地域には多くの仏像が伝えられていますが、非公開のものが多いので個人で廻るのは大変です。今回はそうした仏像を一度に拝観できる貴重な機会で、約90体の仏像が出品され、そのうち8割が通常非公開、4体の重要文化財が含まれています。滅多にない企画ですね。

 あまりに多すぎてすべての仏像にコメントするのは困難なので、いくつか選んで感想を書きたいと思います。

博物館の横浜らしい西洋建築も見所

 神奈川県立歴史博物館は横浜の馬車道に面しており、横浜らしい歴史を感じさせるおしゃれな洋風建築です。建物を見るだけでも楽しいです。

 元々は1904年に建てられた横浜正金銀行本店で、設計は妻木頼中(つまきよりなか)。ネオ・バロック様式の堂々たる建物。1967年から神奈川県立博物館となり、1995年から神奈川県立歴史博物館として運営されております。

主な仏像の感想

重要文化財の4体

 こんかい4体の重文の像が出品されました。4体は少ないと思う人もいるかもしれませんが、そもそも神奈川県にある重文の仏像は約80体なので、その20分の1が来たことになります。

 これらの4体は、ぽん太は以前に拝観したことがあります。

 万巻上人坐像(14)画像)と男神・女神坐像(15)男神画像女神画像)は箱根神社の所蔵で、箱根神社宝物館で拝観することができます。箱根神社はいつも観光客で大賑わいですが、この宝物館はなぜかガラガラ。仏像(神像)に興味がある方は、ぜひお立ち寄りをお勧めします。

 万巻上人は奈良時代の僧で、箱根権現を創設した人。像は平安時代前期のもので、眉間に皺を寄せた厳しい表情で、威厳が感じられます。

 男神・女神坐像は平安時代11世紀の作。箱根神社本殿の奥深くに安置され、歴代の住職さえ目にすることがなかったそうです。仏像とは異なり人間っぽいお顔で、男神は優しそうに微笑み、女神は慎ましやかな表情を浮かべております。

 箱根神社からは他に神奈川県指定文化財の2体、男神坐像(14)画像)と女神立像(17)画像)が出品されますが、男神は銅造であるのが珍しく、衣冠束帯をまとってちょっと意地悪役人っぽい感じ。女神は左腕を頭上にあげていて、頭を掻いているわけではなく、舞を舞っているとも言われています。

 箱根神社にはこれらを含めて全部で8体の神像があり、「箱根神社神像群」と呼ばれています。

 もう一体の重文は、他阿真教坐像(56)(画像)です。他阿真教(たあしんぎょう)は鎌倉時代の僧で、時宗の二祖(二代目の代表者)で、本像は上人が83歳で亡くなる前年に作られました。手の血管などが細かく表現されており、歪んだ顔は医者の端くれのぽん太が見ても右顔面神経麻痺であることがわかるくらい正確です。

生きている仏像

 小田原市本誓寺の鎌倉時代阿弥陀如来立像(50)画像)は、わずかに開いた口の中に白い歯が見え、いわゆる「歯吹阿弥陀」と呼ばれるジャンルです。作例は全国的にも多くなく、加藤諄は19体を挙げておりますが、ぽん太が拝観したことがある山形県慈恩寺の「歯吹きの弥陀」(木造阿弥陀如来立像 - 山形の宝)も入っていないので、実際はもう少しあると思われます。

 歯吹阿弥陀の意味については諸説あるようで、『無量寿経』に「お釈迦様が微笑んだところ、口の中から光を発し、世界中を照らした」と書かれており、それを表現したものだという説や(歯吹きの阿弥陀 - 新纂浄土宗大辞典)や、生きている仏を表しているという説があるようです。

 歯吹阿弥陀の足の裏には「仏足文」(ぶっそくもん)と呼ばれる紋様が彫られていることが多く、その中心が「転法輪」(てんぽうりん)と呼ばれるデザインで、仏が法を説くことを表していることから、仏が歩いて説法するという意味合いが見て取れます。こうしたことから、歯吹阿弥陀は「生きている仏」を表している考えがしっくりくるようにぽん太は思います(歯吹如来造像の疑問点について)。

 実際この本誓寺の像は、目元や口周り、胸の肉付きの表現がとても生々しいように、ぽん太には感じられます。

 もうひとつ小田原市の東学寺の南北朝時代釈迦如来立像(65)画像)も、「清凉寺式釈迦如来像」と呼ばれるジャンルで、生きている釈迦如来像を意味しています。

 京都の清凉寺の釈迦如来像は987年に宋からもたらされました。縄が渦を巻くような髪型、両肩を覆う通肩と呼ばれる法衣、胸元の同心円状の衣紋、裙(くん)と呼ばれる巻きスカートの裾が二段になっているなどの特徴があり、これまでの日本の仏像とは全く異なった姿で、仏陀が生きていた頃の姿を写した像だとされました。

 さらに1954年の修理の際に、像内に絹で作られた内蔵の模型が収められていることがわかり、現存する世界最古の内蔵模型と言われております(清凉寺木造釈迦如来立像 - Wikipedia)。

 清凉寺の釈迦如来が伝来指定から100年以上経った鎌倉時代以降、この像の模刻像を造ることが流行しました。今回出品されている東学寺の像もそのひとつですが、表情や、首をちょっと前に突き出した姿など、なんだかとっても怪しげな雰囲気を漂わせています。

漫画っぽい仏像

 箱根町阿弥陀寺の江戸時代の弾誓上人坐像(77)は、見た瞬間「なんだこりゃ〜」という感じで、いわゆる「上人像」の予想を裏切り、ギザギザの前髪や伸びたヒゲなど、なんか漫画のキャラっぽいです。合掌する手や、衣服の表現はすごく上手なのに、なんでこの顔なの?

 弾誓(たんぜい)上人(1552 - 1613)は安土桃山から江戸初期にかけての僧。尾張出身で、各地を遍歴し、京都大原の阿弥陀寺などを創建しました。相模も訪れ、箱根町阿弥陀寺の岩屋で修行をしたそうで、それを描いた絵巻『弾誓上人絵詞伝』が隣に展示されておりました。でもそちらはこんな変な髪型じゃありません。

ローマ彫刻っぽいイケメン神像

 大磯町六所神社に伝わる男神立像(40)画像)は、平安時代に作られた神像です。神像というと、上で触れた箱根神社の神像のように、なんかモワッとした表情のものが多いですが、この像はとってもリアルで、眉間に軽く皺を寄せた、渋い系のイケメンです。軽く腰を捻って左足を前に出し、右手を下げたポーズも仏像ではちょっと見慣れない感じで、ローマの彫刻のような雰囲気があります。下げた右手に円盤投げの円盤でも持っているような気がします。

展覧会情報と出品リスト

特別展「足柄の仏像」

神奈川県立歴史博物館
2023年10月7日〜11月26日

公式サイト:https://ch.kanagawa-museum.jp/exhibition/8887

出品目録:出品目録(pdf)

下の動画で館内を観ることができます。

出品一覧(仏像のみ)
重要文化財 ○県指定 □市町指定

14 ◎ 万巻上人坐像 木造  平安時代 9世紀 箱根町箱根神社
15 ◎ 男神・女神坐像 木造  平安時代 11世紀 箱根町箱根神社
16 ○ 男神坐像 銅造  平安~鎌倉時代 12~13世紀 箱根町箱根神社
17 ○ 女神立像 木造  平安~鎌倉時代 12~13世紀 箱根町箱根神社
18 ○ 菩薩像頭部 木造  平安時代 12世紀 箱根町・興福院
19 ○ 普賢菩薩坐像 木造  鎌倉時代 永仁5年(1297) 箱根町・興福院
20 □ 十一面観音懸仏 大芝遺跡出土 銅造  鎌倉時代 13世紀 箱根町教育委員会 箱根町立郷土資料館保管  
21 □ 菩薩形懸仏 大芝遺跡出土 銅造  鎌倉時代 13世紀 箱根町教育委員会 箱根町立郷土資料館保管
22 □ 懸仏鏡板 大芝遺跡出土 銅造  鎌倉時代 13世紀 箱根町教育委員会 箱根町立郷土資料館保管
23 □ 獅噛座 大芝遺跡出土 銅造  鎌倉時代 13世紀 箱根町教育委員会 箱根町立郷土資料館保管 24 ○ 聖観音菩薩立像 木造 平安時代 11世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
25 ○ 毘沙門天立像 木造 平安時代 10~11世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
26 ○ 毘沙門天立像 木造 平安時代 11世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
27 ○ 天部立像 木造 平安時代 11世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
28 ○ 天部立像 木造 平安時代 11世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
29 ○ 天部形立像 木造 平安時代 12世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
30 ○ 天部形立像 木造 平安時代 12世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
31 ○ 神形立像 木造 室町時代 15世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
32 ○ 神形立像 木造 室町時代 15世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
33 ○ 比丘形立像 木造 時代不詳 ― 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
34 ○ 比丘形立像 木造 時代不詳 ― 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
35 ○ 比丘形立像 木造 時代不詳 ― 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
36 ○ 菩薩形立像 木造 平安時代 12世紀 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
37 ○ 如来形立像 木造 時代不詳 ― 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
38 ○ 如来形立像 木造 時代不詳 ― 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
39 ○ 如来形立像 木造 時代不詳 ― 南足柄市・朝日観音堂 上怒田自治会管理
40 ○ 男神立像 木造 平安時代 11~12世紀 大磯町・六所神社
41 ○ 女神立像 木造 平安時代 11~12世紀 大磯町・六所神社
42 ○ 薬師如来坐像 木造 平安時代 11世紀 南足柄市・保福寺
43 ○ 十一面観音菩薩立像 木造 平安時代 11世紀 南足柄市・保福寺
44 □ 薬師如来坐像 木造 平安時代 10~11世紀 南足柄市・中沼薬師堂 中沼自治会管理
45 □ 阿弥陀如来立像 木造 平安時代 11~12世紀 南足柄市・日影公民館 日影自治会管理
46 □ 薬師如来立像 木造 平安時代 12世紀 中井町・泰翁寺
47   薬師如来及び両脇侍像 木造 平安時代 11~12世紀 小田原市法輪寺
48 □ 釈迦如来及び両脇侍坐像 木造 3 平安時代 11~12世紀 小田原市京福
49   菩薩面 木製 平安時代 承安4年(1174) 箱根町阿弥陀寺
50 ○ 阿弥陀如来立像 木造 鎌倉時代 13世紀 小田原市・本誓寺
51  ○ 阿弥陀如来立像 木造 鎌倉時代 13世紀 小田原市・本誓寺
54   阿弥陀如来立像 木造 鎌倉時代 延応元年(1239)小田原市蓮台寺
55 □ 阿弥陀如来坐像 木造 鎌倉時代 13世紀 南足柄市・龍福寺
56 ◎ 他阿真教坐像 木造 鎌倉時代 文保2年(1318) 小田原市蓮台寺
57   文殊菩薩立像 木造 鎌倉時代 12~13世紀 箱根町阿弥陀寺
58 ○ 薬師如来坐像 木造 鎌倉時代 13世紀 大井町三嶋神
59   地蔵菩薩及び二童子南足柄市・弘済寺
      □ 地蔵菩薩坐像 木造 鎌倉~南北朝時代 14世紀
        掌善童子・掌悪童子立像 木造 南北朝時代  14世紀
60   男神(伝弥勒菩薩)立像 木造 鎌倉時代 13世紀 小田原市・勝福寺
61   地蔵菩薩面部 木造 鎌倉~南北朝時代 14世紀 小田原市・南蔵寺
62 □ 聖観音菩薩立像 木造 南北朝時代 14世紀 松田町・延命寺
63 □ 薬師如来立像 木造 南北朝時代 14世紀 松田町・延命寺
64 □ 十一面観音菩薩立像 木造 室町時代 15世紀 松田町・桜観音堂 宝寿院管理
65 ○ 釈迦如来立像 木造 南北朝時代 14世紀 小田原市・東学寺
66   菩薩遊戯坐像 木造 鎌倉時代 13世紀 静岡県小山町・乗光寺 阿弥陀如来観音菩薩立像 木造 江戸時代 17世紀
67   阿弥陀如来及び両脇侍立像  大井町・最明寺
      阿弥陀如来観音菩薩立像 木造 江戸時代 17世紀
      □  勢至菩薩立像 銅造 鎌倉時代 13世紀
68 □ 阿弥陀如来立像 木造  室町時代 16世紀 松田町・庶子自治会 松田町生涯学習センター保管
69   北条時頼坐像 木造  南北朝時代 14世紀 大井町・最明寺
70   十一面観音菩薩立像 石造 鎌倉時代か 14世紀か 真鶴町・瀧門寺 
67   木造 3 14世紀 59 南足柄市・弘済寺 地蔵菩薩及び二童子像 
71 □ 千手観音菩薩立像 長勤作 木造 室町時代 永禄5年(1562) 箱根町・興福院
72   菩薩坐像 石造 室町時代 15世紀 真鶴町・瀧門寺
73   男神立像 木造 室町時代 15世紀 湯河原町五所神社
74 □ 土肥実平・土肥遠平坐像 木造 2 江戸時代 17~18世紀 湯河原町・城願寺
75   聖観音菩薩坐像 木造 江戸時代 17世紀 湯河原町・城願寺
76   釈迦如来坐像 木造 江戸時代 17世紀 小田原市・福泉寺(城山)
77   弾誓上人坐像 木造 江戸時代 17世紀 箱根町阿弥陀寺
79   菩薩立像 木造 江戸時代 19世紀 南足柄市・弘済寺
80   僧形立像 木造 江戸時代 19世紀 大井町・市場公民館