ぽん太とにゃん子の年末恒例の「第九」。今年はどこのオケにしようかな。やっぱりあれしかないか。そう、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団ですね。理由はやっぱりウクライナとロシアのアレですね。
オーソドックスで重厚な演奏でしたが、声楽の迫力に圧倒されました。演奏中は考えないようにしていたのですが、どうしてもロシアのウクライナ侵攻が脳裏に浮かび、何回か涙がこぼれました。
音楽そのものの素晴らしさを超えて、この時代にウクライナの演奏家による「第九」を聞けたことは、ぽん太にとって一生忘れられない体験となりました。
このブログは、ぽん太がウクライナ国立歌劇場の「第九」を聞いた個人的感想ですが、今回の演目とロシアのウクライナ侵攻との関係についても書いてます。
- 10年以上前に聴いたことがあるオケ・合唱団です
- オペラシティ・コンサートホールの3階席も面白い
- 命をかけて国を守る・「エグモント」序曲
- 世界中の人々がひとつに・「第九」
- 第九の歌詞「ケルビムは神の前に立つ」とは
- 拍手にまざってウクライナの国旗も
- 基本情報
10年以上前に聴いたことがあるオケ・合唱団です
実はぽん太は、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団を聴くのは初めてではありません。10年以上前に何回かオペラ公演(当時は光藍社がキエフ・オペラという名前で招聘してました)を観たことがあります。とっても重厚で迫力がありましたが、オーソドックスというか、悪い言い方をするとちょっとやぼったい舞台だった気がします。
十数年ぶりの再会がまさかこんな時代になるとは、ぽん太は想像もしておりませんでした。
光藍社は毎年ウクライナ国立オペラとバレエを正月前後に招聘しており(その地道な活動には頭が下がります)、今回の演奏会もその一環です。オーケストラピット入る予定のオケですから、コンサートとしては楽団員が足りないのか、日本人の助っ人らしき人が混ざってました。
メゾソプラノのアンジェリーナ・シヴァチカや指揮者ミコラ・ジャジューラのインタビュー記事はこちらです。
オペラシティ・コンサートホールの3階席も面白い
演奏会場は初台の東京オペラシティ・コンサートホール。木造のピラミッド構造の屋根が美しく、客席も大きすぎず、とても音響がいいホールです。
ぽん太とにゃん子はオペラシティでは、指揮者の表情が見える舞台奥(パイプオルガンの前)の席が好きなのですが、「第九」では椅子が取り払われて合唱団がそこに立ちます。そこで3階バルコニー席の一番前寄りの席を取ってみました。実際に座ってみると、目の前にはパイプオルガンの巨大なパイプがあり、すぐ上にはライトに縁取られた四角い宇宙船のような反響版が吊り下がっています。下を見ると奈落の底にオケがいて、真上から見下ろしている感じ。かろうじて指揮者が見えますが、手前側の半分は見切れてしまいます。
今回の合唱団の配置は、オケの後方中央に4人のソリストがいて、その左右にソプラノとアルトの合唱、一番奥にテノールの合唱がステージ幅いっぱいに並んでました。そしてバス合唱は2階のオルガン前でした。
流石に音のバランスが悪く、比較的近いバス合唱がすごい迫力で、ティンパニーの音も強く聞こえました。ティンパニーを真上から見たのは初めてですが、1m以上離れた場所にある太鼓を瞬時に行き来して叩いてるのには、今更ながらビックリしました。指揮者の表情もよく見えて面白い席でした。
命をかけて国を守る・「エグモント」序曲
音楽を純粋な芸術として鑑賞すべきか、それとも現実の社会状況と関連づけて解釈すべきかという問題は、さまざまな意見があると思いますが、「第九」の前に「エグモント」序曲が演奏されたことに、強いメッセージを感じました。
『エグモント』は元々はゲーテの悲劇で、史実に基づいており、16世紀スペインの圧政下にあったオランダで独立に身を捧げて処刑された英雄エグモントを描いています(Egmont (play) - Wikipedia)。
それから200年以上たった1809年、オーストリア帝国とフランス帝国の間に戦争が起き、一時はナポレオン率いるフランス軍がウィーンを占拠する状態となりました。敗北したオーストリアは、人口の20%にあたる300万人の命を失い、領土の割譲を受け入れざるを得ませんでした。
ウィーン宮廷劇場の支配人ヨーゼフ・ハルトは、『エグモント』に音楽をつけて上演することを企画し、ベートーヴェンに作曲を依頼しました。完成した曲は、ベートーヴェン自身の指揮で、1810年に初演されました(エグモント (劇音楽) - Wikipedia)。
そして現在、ロシアの侵略に立ち向かうウクライナ。「エグモント」序曲のクライマックスでのエグモントの斬首刑、しばしの沈黙、悲しみと祈り、そして力強く湧き上がってくる勝利への讃歌。音楽だけに集中しろといってもムリです。ニュース映像で見たさまざまな光景がぽん太の頭の中をぐるぐる駆け回り、涙がとまりませんでした。
世界中の人々がひとつに・「第九」
続いて休憩なしで「第九」が演奏されました。
「エグモント」序曲では、命をかけて侵略に立ち向かう不屈の精神が描かれましたが、一転して「第九」は、対立を乗り越え、争いをやめて、全人類が手を取り合って一つになろう、という呼びかけでした。
演奏に関して言えば、テンポはやや速めでしたが、最近流行のスピーディーな演奏ではなく、重厚な感じ。かといって粘っこさはありませんでした。近年は、新しいアイディアや細部の表現を見つけてきて「どうです?」と披露するような演奏が多いですが、今回のはオーソドックスで、楽団員もけっこう淡々と演奏してた気がします。
ぽん太はウクライナのクラシック音楽事情はよくわからないのですが、ネットで検索してみると、ウクライナにはウクライナ国立交響楽団(Home page - Національний Симфонічний Оркестр України)やキエフ交響楽団(KYIV SYMPHONY ORCHESTRA)などといったオケもあるようで、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団は、コンサート活動よりもオケピでの演奏が主体なのかもしれません。
とうことで、悪くはないけど目新しさがないかな〜という感じで聴いていたのですが、声楽が入ってきたらびっくり仰天。ゆっくりめに歌い出したバリトンのレチタティーヴォは、圧倒的な声量で深みのある声。そのほかのソリストや合唱団もすごい迫力。ぽん太は昔CDで聴いたドン・コサック合唱団を思い出しました。
ドン・コサック合唱団は、赤軍に敗れて亡命したコサックたちが、1921年にトルコの捕虜収容所で結成した男性合唱団です。その後本格的なコンサート活動を行うようになり、アメリカに拠点を移して活躍しました。ソプラノをカバーするテノール、深みのあるバスで世界中の人々を魅了しました。
下にリンクしたカラヤンの大序曲《1812年》では、ドン・コサック合唱団が冒頭で歌うという、珍しい名盤です。
ちなみにコサックとは、元々はウクライナ周辺にあった軍事共同体でした。ロシアに支配されるようになってからは、その勇猛果敢さから、国境警備の先兵や民衆鎮圧などの治安維持活動に従事しました。
第九の歌詞「ケルビムは神の前に立つ」とは
シラーの詩に基づく第九の歌詞については、ぽん太は以前に対訳で大体の意味は知っていましたが、細かいところはよくわからないところもありました。でもまあおおよそ、有名な歓喜の歌の「人々が一つになろう」の部分と、後半のSeid umschlungenから始まる神の宇宙的な世界の二つがあって、それらが渾然一体となって歓喜を歌い上げる、ぐらいに理解しておりました。
今回のコンサートの前に改めてネットで対訳を調べてみて、いろいろと勉強になりました(http://classic.music.coocan.jp/pdf/beth9-txt.pdf)。歌詞によくわからないところがあるのは自分の語学力のせいだと思っていたのですが、専門家でも解釈が分かれているんですね。
で、こんかい新たな発見だったのは、「そしてケルビムは神の前に立つ」und der Cherub steht vor Gott.という部分。歓喜の歌が変奏しながら3回繰り返される最後の部分ですね。
ケルビムは4つの顔と4つの羽を持つ天使で、旧約聖書の『創世記』では、神はアダムとイブをエデンの園から追放した後、人間がそこに再び立ち入らないようにとケルビムを置きました。以来、神の玉座や聖なる物を守る存在とされたようです。
つまり、お前らは喜びだの平和だの皆がひとつになるなどと言っているが、そんな神の世界には(ケルビムが立ちはだかっていて)簡単には近づけないんだぞ、ということですね。
こう考えると、ソロの4重唱のところでベートーヴェンがGottではなくCherbにフォルテの記号をつけた理由がわかります。
そしてそれに続く行進曲も、なんでこんなところに俗っぽいメロディーの行進曲があるのかよくわからなかったのですが、神々の世界からは遥かに遠く隔たっているけれど、民衆よ、あきらめず陽気に一歩いっぽ理想目指して進んでいこう、ということなのかもしれません。
まあ、こんなことは、これまで散々論じ尽くされたことだと思うのですが、ぽん太にとっては新たな発見だったので、ちょっと書かせていただいた次第です。
拍手にまざってウクライナの国旗も
演奏後は、コロナ禍ということでブラボーは少なかったですが、盛大な拍手がいつまでも鳴り止みませんでした。ウクライナの国旗を振ったり掲げたりした人たちが数人いたかな。いい感じの人数だったんじゃないかと思います。コンサートがあんまりウクライナ応援一色みたいになるのも、ちょっと嫌ですし。
募金箱でもあったら寄付しようかと思ってたのですが、見当たりませんでした。コンサート会場での募金は、助成金等のいろいろな制約からできないのかもしれません(ぽん太の推測)。
基本情報
202年12月29日
東京オペラシティー・コンサートホール
ベートーヴェン 「エグモント」序曲 作品84
ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調 作品125 "合唱つき”
指揮:ミコラ・ジュジャーラ
リリア・フレヴツォヴァ(ソプラノ)
アンジェリーナ・シヴァチカ(メゾ・ソプラノ)
ドミトロ・クジミン(テノール)
セルゲイ・マゲラ(バス)