第一次大戦の光と影 『影のない女』新国立劇場オペラ
ぽん太は初めての演目です。
リヒャルト・シュトラウスとホフマンスタールのコンビは、以前に観た「ばらの騎士」と同じで、一説にはリヒャルト・シュトラウスの最高傑作とも言われているとのこと。楽しみです。
いきなり霊界の壮大な物語から始まりますが、やがて物語は地上に移り、貧しいが黙々と仕事に打ち込む染物屋バラクと、愛を感じられない生活から脱出しようとする妻という、現実的で卑近な話しとなります。非常によくある家庭ドラマに、霊界の部分をくっつけて高尚な雰囲気にしたみたいです。演出のドニ・クリエフは、バラクの妻(名前さえありません)がこのオペラの主人公であり、霊界は彼女の妄想だという解釈で、このオペラを演出したそうです。だからなおさらそう感じるのかしら。
それにしてもこのオペラは、象徴的な美しさに満ちています。皇后は動物の姿に変身することができましたが、皇帝に捕まった時に護符をなくし、その能力を失います。皇后が影を持たないため、皇帝は3日以内に石となってしまいます。皇后は地上に降りて、女性から影を買い取ろうとしますが、その女性は影を売ると、子供を産むことができなくなります。『影のない女』の初演は1919年にウィーンで行われましたが、ウィーン世紀末美術の影響を感じます。 音楽は、オペラ初心者のぽん太にはよくわかりませんが、リヒャルト・シュトラウスにしては不協和音も少なくメロディックで、聴きやすかったような気がします。 歌手では、やはりバラクの妻のステファニー・フリーデがよかったと思います。乳母のジェーン・ヘンシェルも、「千と千尋の神隠し」のゆばーばみたいで雰囲気もあり、演技も上手でした。ただ、とても可愛らしい乳母だったので、最後に皇后に自分から立ち去るように言われるシーンでは、ちょっとかわいそうな感じがしました。こういう筋書きだったら、もっと過保護で差し出がましい乳母の方がよかったのかもしれません。
指揮者とオケの善し悪しは、例によってぽん太には判断できませんが、よかったような気がします。
オペラの結末もめでたしめでたしで、今は辛い世の中だけど、子供を産めよ育てよ、未来はきっと明るい、というベタなもの。しかも調性もハ長調。ずいぶん単純明快だな〜という気がしますが、このオペラが1919年に初演されたことを思い出すと、違って見えてきます。1914年に始まった第一次世界大戦は、1918年にドイツやオーストリア=ハンガリー帝国が属する同盟国側の敗北で幕を閉じました。戦争は、人々の心に大きな傷跡を残したはずで、彼らは言ってみれば、みな影を持つ存在だったのです。このオペラが、そうした人々に対する励ましのメッセージだったと考えると、単純なメッセージの裏側に深い悲しみと祈りの気持ちを感じとることができます。
しかしまた一方で、自分を犠牲にして「生まれざる子供たち」の幸福を願うこと、架空のユートピア的な世界を想定することなど、後のナチスにつながるような危なげな要素も気にかかります。 むむ、してみると、ドニ・クリエフの、すべてはバラクの妻の妄想であるという解釈は、そのことも踏まえた上で、苦しい現実から目をそらして、理念的な世界へと逃げ込むことを、批判しているのかもしれません。
ところでドニ・クリエフはパンフレットに掲載されたインタビューにおいて、ホフマンスタールは、オペラにフロイト流の考え方を持ち込んだ先駆者だった、と語っております。浅学のぽん太は、『影のない女』にフロイトの影響を読み取ることはできないのですが、興味あるテーマなので、また機会があったらみちくさしてみたいと思います。
影のない女
リヒャルト・シュトラウス/全3幕
[New Production] Richard Strauss:Die Frau ohne Schatten
2010年5月23日
新国立劇場・オペラ劇場
【指 揮】エーリッヒ・ヴェヒター
【演出・美術・衣裳・照明】ドニ・クリエフ
【企 画】若杉 弘
【芸術監督代行】尾高忠明
【主 催】新国立劇場
【皇帝】ミヒャエル・バーバ
【皇后】エミリー・マギー
【乳母】ジェーン・ヘンシェル
【霊界の使者】平野 和
【宮殿の門衛】平井香織
【鷹の声】大隅智佳子
【バラク】ラルフ・ルーカス
【バラクの妻】ステファニー・フリーデ